Dear 01 怪盗の子

   九、

 新着メッセージが届く。発信者はアドレス帳に登録が無い者だ。添付ファイル付きのメッセージ。冒頭には“親愛なる鷹司へ”と書かれており、朝日は眉間に皺を寄せる。

  孤児院の一件はご苦労。事情は加賀美から聞いている。
  お前の部下の分析力に感謝する。
  倉庫には恐らく六十名ほどの雑魚がいるだろう。ほとんどは一般人だ。
  その中で魔術を使える者は二、三人はいると予測している。
  鷹司と花火マンは“エの三”倉庫から潜入し、雑魚を先に削ってほしい。
  今、四十五名の警兵が応援へ向かっている。

 送付ファイルを開くとパスワードの入力を求められる。さらに新着メッセージが一件到着し、そこに記されたパスワードを入力する。
 画面いっぱいに潜入許可証が映し出される。五摂家ごせっけの一つ“近衛家”の当主────わたるの署名と印がついた正規のものだ。対象住居はルフ孤児院、ルフ倉庫。対象者に朝日と努の名前と里見の階級が記されている。
 朝日は再び地図データを開く。周囲を見渡し、建物の位置と手元の地図を照らし合わせる。現在地を把握し、そのまま駐車場ゲートから侵入する。
 ────急がねぇと。もしあの女性、、、、が本当にユイ、、だとしたら……。
 望まない未来の一つに心の奥がモヤモヤしていく。
 駐車場内にある防災用の倉庫に身を隠す。朝日の後を必死に努は追う。彼が倉庫裏に到着する頃には、朝日は次の物陰に向かって走りだそうとする。努は朝日の肩を掴み制止させる。
「おい、どうしたんだよ朝日。今日のお前、何か変だ。何を焦ってんだ?」
 長年の付き合いであるからこそ気がつく異変。朝日はバツが悪そうに顔を歪め、渋々と伝える。
「捕まった女性がお世話になったヒトかもしれない」
「……お前、ああいう女に興味あったのか?」
 努は映像を思い出すが、決して美人ではないし、特別可愛いわけでも無い。これまで朝日が連んでいた女性とはまた別のタイプであった。努自身も“興味の欠片も湧いてこない”女の分類であった。
「別に付き合ったとかそういうのじゃないんだぞ」
 ────……彼女がいなかったら……俺は今、生きていない。
 それは朝日の私情が交ざるものだった。“五年前に起こった出来事”を彼は未だに努に共有をしていない。
「……悪ぃ、頭に血が上っていたかもしれねぇ。もう大丈夫だぞ」
「ならいいが。本当に知り合いだったら落ち着いていられねーよな。早く助けだそう」
「あぁ。神樂、ありがとな」
「お、おう……お前にお礼言われると変な感じがするな」
 気を取り直し、目的地の方角にある次なる物陰に向かって走り出す。互いに手で合図を送り合い、ヒトの気配が薄い場所を探っていく。戦闘に慣れているとはいえ、環境、人数、敵の戦力次第では不利になることも考えられる。警兵が来るまではできるだけ騒ぎを起こさないようにし、少しずつ敵の戦力を削りたいところだ。
 “エの三”は芳実たちより共有された“地図上では表示されていない倉庫”の一つで、遠くから目的地の方面を見渡しても視認することはできなかった。さらに近づくと、微かにではあるが二人には背景が揺らめいているように見えた。
 努がその場所に手を伸ばす。指先に冷たい壁に触れるような感触がある。壁伝いに倉庫と思われる建物の周りを時計回りに進む。
 努がピタリと止まる。その周辺の見えない壁に向けてペタペタと触れる。何かを掴む。
「あったぜ」
 努は持ち物からゴーグルを取り出す。一見、スキー用のゴーグルのように見えるそれは努の改良品だ。目眩ましの術を破るための魔方陣を刻んでいる。見破れるか否かは敵の術士の魔力次第である。
 ゴーグルをかける。小さくガッツポーズを取る。
 ゴーグルの先にはヒトの出入りを目的とした出入り口が映る。鍵穴は一カ所のみ。
 孤児院で襲ってきた男達から拝借した十本の鍵の束を取り出す。一つ一つ差し込んでみるが鍵穴は回らない。
「やっぱコイツの出番だな。俺っちにお任せあれ」
 政府から支給されたポーチの蓋を開ける。事前に用意していた細い針金とペンチ、マイナスドライバーを自慢げに取り出す。ペンチで針金の先を耳かきのように形を整える。ドライバーを鍵穴に少しだけ差し込み、解錠方向へ少しだけ手首を捻る。僅かな隙間から針金を通す。
 ピッキングというものは上部から下部に向けてスプリングが押し出すピンを鍵のシアーラインの高さに押し返して解錠する行為だ。神樂家は代々、花火の製造を生業なりわいとしている。努は体格も手も指も性格も大きいが、幼少の頃より危険物の取り扱い方、製図、図画工作、そして繊細さを求められる作業が得意であった。
 音と針金から指先に伝わる感触を頼りに慣れた手つきで作業を進めていく。解錠音が鳴るまで約一分。
「開いたぜ」
 努はドアノブを回し、迷うこと無く扉を開く。
 目眩ましの術は室内まで効果を発していない。倉庫内の照明が全て点灯されている。物流用として用意されている棚には一人で運ぶことができる大きさの蓋の開いた木箱が並べられている。扉前にはヒトが五人いる。ターバンを頭上に巻き、毛皮のコートを着た人相の悪い男女だ。彼らは円になり話し合いを進めていた様子だ。突然の侵入者に驚きを隠せていない。
 彼らは努の首にかけた金のチェーンを見て侵入者が何者であるのかを把握する。各々武器を取り出す。
「チっ、風導士か! 矢沢は上に連絡。残りは奴らを始末しろ!」
 矢沢と呼ばれた男は通信機に触れる。ここ二、三年でショートメッセージの性能が飛躍的に向上したのもあり、侵入者がいることの全体周知に時間はかからないだろうと予測する。メッセージに気がついたヒトからこの倉庫に集合するだろう。
「こっからは派手にいっていいよなぁ朝日?」
「だな。そもそも俺たち、ヒソヒソするのは得意じゃねーんだぞ」
 決意に燃えた緑の瞳はあるもの、、、、を追う。敵のうち男女一人ずつが朝日に接近する。二人は小刀を振りかぶって斬り付けるが、刃先は残像を斬る。緑髪の男はもういない、、、
 ────リザイルエッデ神速
 体内時計の操作。時間の操作は“風の言魂”の特性の一つだ。朝日の目で追っていたモノは空気中に漂う“風の言魂”であった。
 王アルトリアの戦闘要素を面白がってマネしている内にできるようになってしまった技の一つ。精度としては王よりは劣るが、実践で使用する分には申し分は無いものであった。
 術士本人に限定するステータス向上技だ。移動速度だけでは無く、通常攻撃の速度、術技の初動や発動速度が短縮できる。難点としては技威力が六割に落ちる。これを十割に近づけることも可能であるが、体への負荷が大きい。一度で駄目ならば二度攻撃を加えればいい。延髄、こめかみ、鳩尾みぞおち、肋、膝側面、脛……明らかに激痛を伴う部位に目がけて掌底や肘、膝を打ち込んでいく。
 息の詰まる声を上げながら怯む敵を追い、更に一撃ずつ打ち込めば、男女はその場で倒れる。
 別の男性二人は後衛の努に攻撃を仕掛ける。努は“海の言魂”を腕に集めながらブーメランを手にする。言魂の力は武器に乗り、頭上に真っ直ぐと投げ飛ばせば同じものが十個に分裂する。
「オルァ! 喰らえ!!」
 ブーメランは一直線に努へ仕掛けてくる者達へと飛んでいく。敵の身に切り傷が目立っていく。
「なんのぉ! レム・イザーム」
 敵の内の一人の男は二言、天地創造の言葉を紡ぐ。
 努の足下から紫色をした泥水の塊が湧き上がる。塊は噴水のように水が広がり、一瞬だけ努の体全身を包みこむ。
「うっ……やべぇ、眠い」
 差し掛かる眠気。泥水が消え失せたタイミングで膝を付いて倒れこむ。傷だらけの二人の敵は小刀でチクチクと追撃する。
 神速の効果が残る朝日は努のそばへ寄り、刃物が喉元に突き刺しにかかる寸前で敵から引き剥がす。 「起きるんだぞ」
 パシンッ。乾いた音が倉庫内に響く。朝日の手形が努の頬に赤くクッキリと残る。
「いっっってぇぇぇぇ! 手加減してくれよ!」
「悪ぃ悪ぃ」
「くぅ……お陰で目覚めたぜ。オルァ! 俺っちの仕返しだ!!」
 右手に握り拳をつくり腕を上げる。“海の言魂”を集めて唱える。
マーレン、デト、リーム荒狂う水塊
 敵二人の頭上に水の塊が生まれ、滝のように落ちていく。水流にのまれた二人は意識を失う。努の魔法攻撃は青の光と共に消えていく。
 最後の一人────仲間内に連絡を取っていた男はもういない。逃げたか、あるいは近くの仲間の元へ向かったのかと推測する。
 倉庫内を確かめ、麻のヒモを入手する。努は慣れた手つきで意識を失う四人の敵を捕らえていく。
 朝日はショートメッセージで蜂須賀宛に「指定倉庫の散策中。下っ端らしき者を四人捕縛した。一人は倉庫外に逃亡中」と打ち、送信する。返答が戻る前に二人はさらに倉庫内を確認する。
 木箱の中身は輸出入が制限されている金細工と銀細工や怪しげに光る赤い液体が入ったパックなどがある。バラバラになったネジや留め具等が種類ごとに分別されて納められている。これが製造業で使用する部品なのか。それともヒトを殺めるための道具へ化ける部品なのか。それは二人には判別できない。
「ん? これはなんだ」
 努はヒト四人ほどいないと運ぶことが難しそうな立方体の木箱を発見する。蓋を開けると鋭利な刃物、銃などが入っている。
「なんか使えそうなの入ってるか?」
「んー俺らのクラスに合いそうな武器は無さそうだな……あ!」
 武器の間に布製品が挟まれている。引きずり出すと皺が着いた“ホワイトローブ”が姿を現す。努はローブに腕を通す。本人は魔術に対する抵抗力が上がったような感覚があった。
 他に目星がつくものは見つからず、ヒト専用の出入り口から倉庫を出る。別の倉庫で身を潜めていた敵たちは“エの三”倉庫では無く、各々別の場所へ散らばっていった。周囲を見渡せば海側の方面より赤いランプを光らせた複数の俥が近づいてくる。
「警兵だ! 奴らを止めろ!」
 そのように叫ぶ敵の一味はいるが、どのように見てもヒトの動きに統率を取れていない印象を受ける。
 海とは反対方面────東の方角から爆発音が聞こえる。叫び声が倉庫周辺に響き渡る。既に混乱が起こり始めている。
 朝日の通信機にコール音が鳴る。先ほど登録したばかりの“金ぴか”の文字が画面に表示される。「アイツか」と呟きながら応答する。
「ん~~~、鷹司。久しぶりだな」
 通話の主は第二課四部隊の蜂須賀金平かねひら。朝日と同じく隊長の一人。蜂須賀家は華族の一つであり、警兵の上層部には一族の者がいる。元々対立し合う警兵と里見が表面上では結託するようになったのも蜂須賀家の助力があってこそであった。
「この金平、良いことを教えよう。どうやらジン、、がこの倉庫に潜んでいるらしい。場所は“オの六”だ。戦力のある者でそこを集中的に叩く。警兵は倉庫周辺の雑魚を片付ける。私の精鋭は表から攻める。鷹司と爆発ボーイ、、、、、は裏口から入り、最奥の階段を目指すのだ。二階にジンがいる」
 努は芳実から共有された地図ファイル開き、朝日と二人で倉庫の位置を確認する。今いる場所から北の方角へ進めば直ぐの場所であった。
「待て、その証拠エビデンスはどこから入手したんだぞ?」
「逃走中の芹沢を捕まえたのだ。武官精鋭の拷問であっさりと口を割ったのだ。他の倉庫にも鴻池組の連中が潜んでいるようだがその辺りは任せなさい。貧乏鷹司、、、、よりもいい仕事をしよう。────それに、殿下、、]は女慣れしているのだろう。一番の華を持たせてあげようという所だ」
 努は上から目線なボンボンの台詞にむしゃくしゃし始める。朝日は顔色を変えず、有り難うと一言告げてそのまま通話を切った。
 二人は“オの六”倉庫へ向かう。裏口には“関係者専用入口”と書かれた扉がある。鍵穴に所持する十種類の鍵を一つずつ差し込んでいく。その内の一つを回すと解錠音が鳴る。扉を開いて潜入する。
 倉庫内は搬入口が開かれ、蜂須賀家の精鋭が次々と敵へ襲いかかっている。敵の勢力は全て精鋭たちを対峙しに向かう。
 周囲を見渡すとアルミ製と思われる階段を発見する。その周辺には見張りがいない。階段の先にはいかにも何かがありそうな黒塗りの扉が一つある。敵に見つからないように努は目眩ましの術を互いにかける。
 階段へ向かう。朝日を先頭に一気に駆け上ぼる。
 扉の前へたどり着く。低い男性の声で「次は尻だな」と話し声がする。
 冷や汗が止まらない。鍵が掛かっていたら解錠に数分はかかる。朝日は利き足に“焔の言魂”を集め、力任せに扉を蹴り上げた。