Dear 02 隷代の使用人

   一、

 そよ風が心地の良い渓谷に一本の桜の木があった。それは見事なまでに花を咲かせ、澄んだ青空と空気に淡く、優しく、そして華やかに薄桃色を添えていた。
 大木のそばへ二人のヒトが近づいてくる。
 一人は時折この地に訪れてくるものだ。目測として二十歳過ぎくらいの男性だ。ソルトニア王国のヒトの中では身長が高い方だろう。今日の彼は紺の着流し姿だ。月明かりすら透き通ってしまいそうなほど繊細な銀髪は、うなじ辺りに見慣れた髪留めで一つに結んでいる。くせっ毛なのか、毛先だけ四方八方に跳ねており、地面に映る彼のシルエットはどこか豪快さを感じさせる。
 もう一人はこの地には初めて訪れるヒトであった。山吹色の着物を着付けた小柄な少女だ。前髪は眉の位置に横一直線に切りそろえられたショートヘアー。そして右目は赤紫、左目は青と、異なる瞳の色をしている。
 ものさしほど身長差がある二人はとても親しそうだ。兄弟というよりも、親子のような雰囲気を醸し出している。
 二人は今年の桜を見上げて微笑んだ。男性は桜を見続けながら少女に何かを話し始める。
 少女は桜から目を離し、好奇心の眼差しを男性へと向ける。

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 二人がどのようなことを話しているのか、“私”にはわからなかった。
 男性の話が終えた後、少女は何かを問いかけ始める。少女の話を聞きながら男性は大木の幹にそっと触れ、少しずつ表情を曇らせていく。
 “私”は“桜”に対して何やら惜しんでいる、、、、、、ように見えた。様子の変化に感づいた少女は心配そうに男性のことを見上げる。
 ────そんな顔をしないで……。
 恐らく、今の“私”も少女と同じような表情を浮かべているだろう。
 どうか笑顔になってほしいと、強く願い、男性に向かって“腕”を伸ばす。腕からは無数の花びらが生まれる。ひらひらと二人の周囲に降り注ぐ。
 一際大きな風が吹く。地に落ちた花びらは舞い上がり、“私”の視界は薄桃色一色に染められた。