Dear 01 怪盗の子

   十、

 陰嚢が頬を打ち付けるほど腰を振る。三度目の射精。無味で粘質的で生臭くてものが小さな口の中で血液と混ざり合う。
 亀頭の先が喉頭隆起を突く。凪は苦しくて噎せてしまう。勃起し続ける陰茎を抜く。精液と血液と逆流した胃液が口から零れる。
「おいおい、なに溢してんだよ? 床を舐めてたっぷり味わえ」
 半分以上は凪自身の体液と嘔吐したものを舐める行為に僅かに残された体力で拒絶する。
 ジンは頭部を鷲づかみにし、酸性度の高い汚物へ顔を近づける。
「嫌がる顔がまたそそる」
 凪の頭部を抑えていた手を離し、鎖で繋がれた右腕を握る。ジンの下半身に触れさせる。三度も吐き出した筈が未だに脈を打ち、発熱して反り返る。
「次は尻だな」
 うつ伏せの状態でさらに腰を高く持ち上げる。粘液でベタベタになった臀部を左右に広げ、小さな穴へ亀頭の先を近づけた時だった。
 扉から打撃音がする。瞬時、行為を中断し凪から身を離す。ジンは入口の方を見つめ、卓上の無線機を手にする。スイッチを入れる。音声からは部下達の悲鳴と緊迫した様子が伝わってくる。
「里見か? それとも警兵か?」
 男が問うと同時に扉は打ち破られる。入口を境に体格の良い男性が二人いる。後方にいる焦げ茶色の髪に一部分だけ白のメッシュを入れた男性は、あまりにも刺激的な光景で一瞬身を引いてしまう。前方の緑髪の男は小声で茶髪の男に言う。
「外を見張っててくれ」
 見張りと合わせて待機を指示し、緑髪の男はゆっくりと部屋の中へ侵入する。
 眼前には汚物が地に広がり、両手両足に鎖付きの枷を嵌められ、首輪を付けられ、うつ伏せにされて自由を奪われて、体中の至る所に傷や腫れ、打撃跡が残り、生きる気力を失った虚ろな目になった女性。それが誰であるのか、、、、、、確信する。
 下半身を晒した欲深そうな男を見て静かに憤怒の炎を燃やす。
 その気迫で怖じ気づいたのかジンは微かに怯む。机上にある拳銃を手にし、突然の侵入者に銃口を向ける。指先が引き金に触れる。
 生きる気力を失った凪であるが、ジンが青年に対して危害を加えようとする様子を見て、一瞬であるが黒の瞳に生気が灯る。
 ────ダメ。そのヒトはダメ。殺してはダメ!
 何故なのかはわからない。彼女は心の中で強く否定する。空っぽの頭の中で「アールィユス、フィガーハ、ゼンテーラ」と三語、無我夢中で発した。
 睨み合う二人の男の間に稲妻を帯びたボール状の塊が生まれる。塊から部屋の端にまで突き刺さるほど長いニードルが無数発生する。
 鋭利な先はジンの拳銃を持つ手、左脇腹、右の太ももを貫通する。
 また、向かいにいる緑髪の男の頬を掠める。肩にも突き刺しそうになるが、男は間一髪貫通を逃れた。しかし、グレーのジャケットに亀裂が走る。
 ────あれ……私、今……何をした?
 凪は自身に問う。無意識に知らない言葉を三語発した。その言葉で二人の男に攻撃を加えた。
 ニードルの塊はオレンジ色の光と共に消滅する。
 血を流しながらジンの手元より拳銃が離れていくことを確認した緑髪の男は一気に男の目前へと詰め寄る。
 ────アルフ、ルェテーナ竜王の拳身
 ギリッと音を立てるほど握りしめた拳に“焔の言魂”を乗せて一発殴る。拳は男の頬に綺麗に食い込む。巨大な体躯は部屋の最奥まで吹き飛ばされる。
 ジンは微塵とも動かない。反撃の予兆も無い。後頭部は壁に強打し、白目を剥いて気を失っていた。
 緑髪の男────朝日は靴のつま先で床を鳴らす。

 ・-・・・ -・- ・--・ -・ ---・ ・・

 扉のあった場所の境で待機していた茶髪の男────努は合図、、に気がつき、階段下にいる警兵に向かって声を張り上げた。
 複数の足音が近づいてくる。警兵がアルミ製の階段を駆け上り始める音を確認した朝日は女性の元へ近づく。
 蹲る凪の側でしゃがみ込む。彼女の肩にそっと触れると子犬のように体を震わせ、さらに小さく蹲る。
「ユイ」
 優しく呼びかける。その言葉を聞き、震えは止まる。凪は少しだけ顔を上げる。見慣れた、、、、男の太い眉が下がっている。
 朝日は床に広がる汚物から少し離れた位置へ凪の体を起こし、警兵が部屋に入り込む前に自身が着ていたジャケットを彼女の背にかけた。
 一月二十三日二十三度目の睦び月うさぎの刻を過ぎた頃。二人の傍らでジン・マクスチャが現行犯で逮捕される。蜂須賀の部下たちと警兵は気絶した男を屋外へと運び出す。
 朝日は後ろに控えた努に被害者を連れて後から行くことを伝え、先に下に降りるように指示する。
 腕を交差させて穴を開けてしまったジャケットの裾を握り、少しでも朝日に醜い自分を見せないように前方を隠す。凪は気が動転していた。これからどのようにすれば良いのか考えることを脳みそは拒否する。何か言いたくても口元が震え、言葉が喉に詰まり出てこない。先ほどのように言葉が刃へ化けてしまう不安で満ちていく。
「……ごめんな」
 朝日は“ユイ”という彼女の真名の愛称、、、、、を呼びながら何度も謝罪する。悲しげで痛々しい声調だった。
 凪の胸がギュッと締め付けられる。目頭が熱くなり、目尻から静かに涙が伝う。
 芹沢から枷に供給されていた言魂は枯渇していた。首輪も枷も朝日の馬鹿力によって繋ぎ目は容易に壊れる。彼女は解放されるが、拘束具で繋がれた部分は紫色に変色していた。
 捜し求めていたヒトがあまりにも痛々しく、傷に障らないように震え続ける体をそっと抱く。

 凪は不思議と異性に抱かれることに嫌気が差さなかった。朝日に体重を預ける。男性らしい香りに包まれ、鍛えられた体と両腕に護られる安心感を覚える。どことなく、この温かさを凪は知っていた。懐かしさがこみ上がってくる。
 安心したのか束の間、疲労感が押し寄せる。静かに目を瞑る。視界は暗闇へと落とされる。

 -・・・- ・--- -・-・- -・・- --・-・ ・-・--

 意識を取り戻した。しかし、凪の目から見ると周囲は真っ暗であった。
 怖くなるほど静かで寒くて冷たい。何も無い場所、、、、、、で凪は直立していた。
 ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ……。
 ただ、一定間隔で無機質な電子音だけが周囲を占めている。全身に気怠さを感じ、何かをしたいという気持ちすらも湧いてこなかった。
 不思議と右の手のひらと甲だけは人肌のような温もりを感じる。時々、手の甲の部分だけ温もりが点滅することがあった。その正体が分からず、違和感を感じながら指先だけ折り曲げてみると何かを掴む感触があった。
 電子音が緩やかに減速していく。止まりかけそうなほど間隔が広がった時、低音で警告音と思われる音が空間を占める。
 急激に体が冷たくなっていく。悪寒が止まらない。
 ────このまま死んじゃうんだ。
 思わずしゃがみ込んでしまう。
 しかし、死に対して強い恐怖心を抱く。己をきつく抱く。右手だけが異様に温かい。否、凪の体の二倍も三倍も熱く感じた。 「ユイ!」  聞き慣れた男性の呼びかける声が届く。何度も愛称を呼びかける声が届く。
 ────声の主の名前が思い出せない。
 思い出さなきゃ。昔の記憶を呼び覚ます。膝まで届いていたエメラルドグリーンの長い髪に清潔な包帯で体を巻いた若い男性。一瞬何か考えるように顎に手を置いて考える。愛称、、を思いついた男は当時の凪に名乗る。
 ────サルィって言うんだぞ。
 情景と名前を思い出した瞬間、記憶の波が押し寄せてくる。
 そして確信する。あの短い緑髪の青年────今、必死に呼びかけている男性は、五年前に重傷の状態で凪の故郷で倒れていたお兄さんにソックリだった。
 ────戻らなきゃ。
 不思議と生きる気力が湧いてくる。早く声の主の元へ行きたいと彼女は思う。
 左の胸からドクドクと波打ち始める。その位置から温かいモノが全身へ広がっていく。
 警告音が再び高音域の電子音へと変わる。立ち上がり、微塵とも動かなかった足が前に出る。
 ────生きよう。
 突如、現れる一筋の光。光は空間全体へと広がり、凪の体を包み込んでいく。

 光の先は隙間風一つ通さず、除菌が行き届いた清潔な部屋だった。吸入マスクからは綺麗な空気が供給され、左腕には色とりどりの太い管がたくさん着いている。
「意識戻ったね」
 声をかけたのは“サルィさん”と同じ緑色の瞳をした女性だ。青色のガウンと帽子を被り、マスクを装着した状態で凪を覗く。そばにある大型の機械を見てバイタルが正常値であることを確認する。
 凪は何が起こっていたのかすぐに理解ができなかった。ただ、頭の中が何となくボヤける感覚があった。
 現状を理解しようとするが頭は痛く、混乱していた。余計な情報で更に混沌としそうと判断した凪は再び瞼を閉じる。
 次に目が覚めた時は真っ白な天井と吊り下がる点滴の袋が瞳に映る。頭を左右に動かし、周囲を確認すると、清潔で風通しが良く、白を基調とした小さな個室に備え付けられたベッドで横になっていた。
 引き戸式の扉のそばには緑髪の男性────朝日が立っていた。膝ほどまでに伸びた髪を全て左下前方にオレンジの紐で一つに結んでいる。また、凪の救出時には隠していた左頬のタトゥーを晒している。それも彼女が安心できる要素になれば、、、、、、、、、、、という彼なりの気遣いであった。
 朝日は木製のチェストを開き、何かを詰めている。凪が目を覚ましたことに気がついた彼はそっと微笑み、凪に話しかけはじめる。
「調子はどうだぞ?」
 凪は寝たままの状態で口を開く。頭がぼやぼやしますと発する。しかし口は動くが自分の声が聞こえない。
 暫しの間。あれっ、と不思議がる声も聞こえない。
 朝日の顔が険しくなる。ジッと凪を見つめ天地創造の言葉で問う。
ボイ、ウルァズ声が出ないのか?
 左頬のタトゥーが光る。「ダーはい」と、問いが脳裏へと返ってくる。
 ────声が……出ない……。
 言葉の意味を理解できた凪は動揺する。何で……と、自身を問う声も出ない。
 朝日は主治医に言われた言葉を思い出す。精神的なダメージが大きいため、その影響が何かしらの形で体に出てしまう可能性があると伝えられていた。
 ────その一つが声が出ない……か。
 彼女に見えない位置で作る握り拳は音が立つほど握り締める。  現状のデータを凪に見せる。住基台帳に彼女の個人情報が無く、体の状況以外は殆ど空欄ブランクであった。
「書けそうか?」
 体は痛むが両手で頑張れば文字は書けそうな気がした。しかし────書類が読めない。凪が認知している文字では無いのだ。唯一最上段の文字だけは見たことがある気がして、当てずっぽではあるが“烏羽凪”と天地創造の言葉で記入する。凪は自分の字とは思えないほど筆記する文字が汚いと感じる。小さな罫線が波を打っている。残りの空欄で手が止まる。
 ────そういえば、凪の家にある書物は全部天地創造の言葉だったな。
 読めないのかもしれない。そのように感じた朝日は指を差して何が書いてあるのか説明する。
「誕生日はいつだぞ」
 二十一度目の穂含月七月二十一日
「年齢は」
 十八歳。
「住所は」
 凪の手が止まる。あの森に住所なんてあったかなと彼女は思う。分からなくて首を振る。
 次に家族構成を尋ねる。ジンに言われた台詞を思い出す。
 ────こいつは怪盗コガラシの娘だ。
 ギュッと目を瞑る。嘘だと信じたい。一つ大きな深呼吸をし、“父、烏羽疾風はやて”と記す。朝日は疾風の名を見て眉間に皺を寄せる。深く問い詰めず、次の質問を投げる。
「……母親は?」
 凪は首を振る。父親からは生まれて間もない頃に亡くなったと聞いていた。
 全て埋めるまで一時間要した。朝日は用紙を回収する。
「凪って言うんだな」
 凪は頷く。初めて朝日に出会ったときはユイとしか名乗っていなかったからだ。
「知っているかわからねーけど、愛称でも真名を呼ぶことは自分の身を危険に晒すことになる。これからは何も無ければ凪って呼ぶぞ。それから────名乗っていなかったな。俺の通り名は鷹司たかつかさの朝日。あと、青い髪をして俺と同じ目の色をしている女がいるけど、あれは妹のつぐみで、この病院で働いている医師だぞ。彼女もこの文字は少し読めるから困ったら頼ると良いぞ」
 また明日も来ることを伝えて朝日は個室を出る。
 ────病室の外。凪が書いたものを改めて見た朝日は頭を抱えそうになる。
「はぁ……本当にコガラシの娘か」

 内科、外科、婦人科、薬学など、最先端の医療と向き合う専門医により治療を進める。精神面を度外視し、内臓の損傷に対する治療だけで六ヶ月と診断された。まともに食事を摂っていないため、栄養分に偏りはあり、完治までにさらに時間を費やす可能性があると伝えられた。まずは外傷を癒やし、不足する栄養状態を戻すところから始めることになる。
 朝日は仕事の都合により彼女との面会時間は朝食の時間帯だけであった。複数回の嘔吐で食道は血が出るほど荒れていた。治療開始時は水を飲みこむことも困難であった。水を口の中に含めても戻してしまうかもしれない不安が飲み込みを拒絶する。点滴で水と栄養剤を体の中へ入れていく。治療しているにも関わらず日を重ねていく内に痩せ細っていく。
 朝日は誰にも打ち明けること無く、静かに胸を痛めていた。食べることも飲み込むこともできず元気を失っていく凪になんて声をかけたら良いのか迷う。
 治療を始めてから二週目。病室の外まで咳き込む音が聞こえてくる。慌てて室内へ入ればコップの中の水は半分減っている。
 ────早く。食べれるようにならなきゃ。
 凪は一日でも早く退院したかった。あまりにも重厚な治療で費用が嵩む不安を抱えていた。
 咳は治まらない。目尻に涙が滲む。
「慌てなくて良いぞ」
 声を掛けながら背中を擦る。少し伸び始めた不揃いな髪の毛に触れる。
 少量ずつ飲み込むことから練習する。一度飲めるようになると自信がつく。次の一杯も飲めるようになる。水の点滴が外れる。
 流動食や冷たいスープ状のものから摂取できるように練習する。味のついた食べ物を口にできたとき、体の底から生きる力が不思議と湧き上がってくる。細かく刻んだ固形物も摂れるようになる。
 治療を始めて四週目、朝日は腕の立つ女性の美容師を連れて病院へ訪れる。やや塞がりつつある傷口に障らないように丁寧に髪を洗う。乱雑に切られてみそぼらしさを引き立たせていた髪を切りそろえていく。短めのボブヘアーになった。
 ────痩せたな……。
 凪は軽くなった髪に触れ、変わろうとしている自分自身を見つめる。

 嬉しいことも悲しいことも彼女は泣いてばかりであった。特に涙するときは事件に巻き込まれた記憶が走馬灯のように蘇ってくるときだ。ヒトが怖くて震える。痛みを伴う記憶が蘇った時はベッドの上で暴れる。数名の看護師によって押さえつければ拘束されたと思い込み更に激しく暴れた。暴れ疲れるか、睡眠導入剤を施すか、あるいは朝日が凪の真名の愛称を呼びかけた時だけ静かになる。
 寝る時間を増やし、心と体を休めていく。起床する間にヒトの生活らしいことを取り入れていく。
 治療開始時は虚ろだった瞳に少しずつ生気が宿る。できることが増えると周囲は凪を褒めた。嬉しい報告を受けて朝日は彼女の頭を撫でる。
 心地よい日々が続き始める。日を追うごとに凪の心は穏やかになっていった。
 少しずつ新しいことを始める。凪は標準語を話せるが読むことと書くことが一切できなかった。彼女が倒れたフェレアの町の各商店で大雪に伴う営業時間の短縮に関する通知を一切気にとめなかったのはそれが理由であると発覚する。長い入院生活の間に言葉の壁は少しでも乗り切りたいと思っていた。
 仕事の合間に天地創造の言葉の発音ベースで標準語の文字盤を朝日は作る。知識欲が掻き立てられる。真面目な凪は書き順まで細かく気にし、形が整っていなければ何回でも書き直して練習した。
 他方、太古の言葉とも呼ばれる“天地創造の言葉”は問題なく書けて読むことができた。面白がって王立学院の上級生が使用する文献の内容を試しに彼女に渡せば問題なく意味は通じ、内容も理解することができた。
 さらに何か覚えたいと要望を出す。病室にいる間、暇で仕方がないそうだ。朝日は先々のことを考え、、、、、、、、、点と棒の二種で意味を伝えられる特別な暗号、、、、、を口答で教える。
 初めて教わるときに伝えられる。これは決して紙にメモしてはいけない。また、覚えたことは誰一人に対しても教えてはいけない。この暗号を知るのは俺と鷹司家で働く五人の使用人だけと、朝日は言う。

 桜がつぼみをつける頃。彼は問う。
「覚えたか?」
 彼女は微笑みながら指を出す。朝日は彼女の目の前に手のひらを差し出す。その上に指先でトントンと優しく打つ。
『ハ』『イ』『、』『ア』『サ』『ヒ』『サ』『ン』

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 通信機にコール音が鳴る。画面上には“ミノ”と書かれている。応答すればいつもと同じく「今すぐ来て」の一言を残し、向こうから一方的に通話を切る。
 丁度、書類の印を押し終えたところであった。机の上を片付け、戸締まりをし、第二課一部隊の部屋を施錠する。
 里見の向かいにある宮殿へ向かう。東側にある朱雀院。ここの最奥にある執務室へ向かう。
 ノックをすると通話の主と同じ声が応じる。扉を開ければ頭頂部に二房の毛がハネた若葉色の髪色をした青年が席に座り、何やらファイルを読み込んでいた。
「どう、彼女の様子は?」
 この青年こそ、現ソルトニア王であるアルトリア────通り名は風間みのるだ。二人は従兄弟という間柄だ。父親たちが双子の兄弟のため、幼い頃から連むことが多かった。周囲からは仲睦まじい兄弟のようだと言われ、大人になった今でも互いに信頼を寄せ合っている。
「大分元気になったぞ。医師の想定以上に傷の治りが早い、、、、、、、から五月早苗の月には退院できる見込みだぞ」
 資料を含め凪の状況を理解した穂はビリアンから仕入れたセイロンティーを口に含む。口の中を潤いで満たし、朝日に問う。
「問題なのは退院した後だね。彼女の父は怪盗コガラシだ。このままだと朝日の願い、、、、、は叶わないで、彼女は隷代として流刑るけいになるだろうね」
 隷代。それは王国内の階級制度で最も低い位だ。本来、真っ当な人生を送れば隷代はなることは無い。この階級は平民以下と定められ、もはやヒトとして認識されない、、、、、、、、、、、。犯罪に手を染めて制裁を受ける立場として国側から認知された瞬間より本人、およびその一族の三親等まではこの階級へ下げられる。
 凪の父────烏羽疾風はビリアン帝国を含めて指名手配犯とされている。退院すれば彼女は国からの保証は無く、ただ野蛮なヒトとして蔑まれる立場へ成り代わる。
「そこで、キミは考えた。……凪ちゃんの飼い主、、、になろうとしているでしょ?」
 朝日は直ぐに返事を返さなかった。そっと目を伏せる。悪い大人になろうとしている。その自覚をもって静かに頷いた。
「それに、第二課は怪盗コガラシの一件も追っている。彼女は重要参考人にもなる。できれば近くに置いておきたいでしょ。……飼い主の件、良ければキミの案を聞かせてほしい」
 通信機で“吉田”を探し、ショートメッセージで“朝日の好きなコーヒーをハンドドリップで”と打つ。既読の文字を確認した後、来客用のソファーに座るよう誘導する。若葉色の瞳は何かを見透かすように朝日の心を捉えていた。

────── Dear 01「怪盗の子」 完