Dear 00 かざみどり
その日は体の芯まで染みるほど寒い日であった。
岩陰にひっそりと作られた獣の巣で一夜をやり過ごす女性がいた。その巣は彼女の目から見て、長い間寝床として使用された形跡が見られなかった。周囲に気を張り詰めながら夜明けまでじっと待つ。
日の出の時間。小刻みに体を震わせながらその場を後にする。
東の国────ソルトニア王国は、例年に比べて遅い初雪を迎えていた。初雪の日から極端に晴れの日が少なくなった。空は常に雨雲で覆われている。凍える風と共に降り続ける雪はうんざりするほど国全体に降り注いだ。
特に王都周辺区域は比較的に温暖で雪が積もることが珍しい。連日の雪のせいで街中の活気は薄れる。力仕事が得意そうなヒトにより終わりの見えない除雪作業が続く。休日は外出するヒトは殆どいない。
そのような状況下、一切人気を感じることの無いうす暗い森の中を彼女はひたすら歩き続けていた。ゴミ箱から引きずり出したジャケット、その下にはフード付きのパーカーを着衣していた。少し小さめのズボンと不揃いの長靴は穴だらけだ。肩甲骨まで伸ばした黒髪は土と埃がかぶっている。大きな瞳には疲労感が滲み出ていた。
彼女の名は烏羽凪という。
一方、王都中央。宮中を目前に新設された建物があった。西の国────ビリアン帝国の最新技術を複数搭載し、常に高度な警備システムが働いている。
施設の名は里見という。元々は非営利の自警団であった。先代の王の施策によって里見は国営化する。現、アルトリアへ王位を継いで以降、王の従兄弟と共に大幅な組織改革を進めた。
四階フロア内の最奥。当初、物置として作られた小さな部屋。今は内装を変えて執務室となっている。扉には『第二課一部隊』と記す横長の木札がヒトの目の高さで下げられている。
部屋の中では一人の青年が長いソファーの上でうつ伏せで寝そべっている。短い髪はこの辺りの地域では珍しいエメラルドグリーン色だ。切れ長で髪と同じ色をした瞳。そして、左の頬には特徴的ともいえる赤色の模様があった。
彼は安っぽい紙製のコップに挽きたてのコーヒーを注ぎ、器用にちびちびと口にする。面倒な呼び出しのせいで昨夜は一時間しか眠れていない。目を擦りながらファイリング済みの資料を悩ましげに読み込んでいた。
彼の名は鷹司朝日いう。
────二人の行く末は惑星アーベルの風に記されていない。否、長い記録の内の一部分を上書きされたのだ。
編集の爪痕はどこかに残されていることがある。輝きを失い、煤まみれになったリングは“愛の形”であった。