Dear 01 怪盗の子

   一、

 惑星アーベルの生命の主導権を握っているのはヒトだ。
 ヒトは科学にとらわれず星に満ちる力──万物の源である言魂フィオンを用いり魔法を使うことで“第一の星”並の生命の豊かさを実現した。
 ヒトは町や集落を作り、共存し合い発展を遂げていった。中でも凪の集落で満ちる言魂は特別なモノであった。加えて言魂の中でも特段に濃度の濃いモノ、、、、、、、、、、を扱うことができるヒトたちであった。奇跡とも言える魔法がいっそうと独自の文化を築きあげる。作物は十分すぎるほど実り、無病息災のまじないは効く、誰もが幸福に満ちた表情を浮かべていた。
 この特殊な環境下で過ごす凪は幼い頃から不思議な声が共存するように、、、、、、、聞こえていた。本人は声は誰にでも聞こえているものだと思っていた。声の主は空気中に溢れる言魂だ。言魂は正答、この後に起こる出来事、目には見えない事実を一方的に凪へ供給する。
 凪は聞こえてきたものをそのまま口にする。それは即時的に実現するものもあれば数日後に実現するものもあった。集落の中では少しずつ“的中率百パーセントの娘”“不思議な声が聞こえる子”として噂が広がっていく。
 言魂に対して疑問を問いかければ正しい回答が返ってくるようになった頃には大勢の大人たちが凪の元へ募り、未来の事象を請うようになる。この時から不思議な声は凪自身にしか聞こえない特別なモノであると自覚する。
「凪の力は皆の中でも特別なものだからね。この力は集落の外に出しちゃだめだよ」
 おさである父親だけでは無く、集落のヒトたちからも幾度も戒められる。集落の暮らしだけで満たされていた凪は大人達の注意を素直に聞き入れ、緩く過ぎていくの流れを感じながら生活をし続けていた。
 凪に聞こえてきた言魂の声によりたくさんのヒトが救われていく。笑顔になる人々の姿を見て彼女の心は幸福で満ちていた。
 ────しかし、それがいつまでも続くことは無かった。
 彼女の脳裏に「隣の亀浦さん、しんじゃう」と、聞こえてくる。まだその言葉の意味をよく理解できない年ごろであった。いつも通りに発言する。たちまちに周囲の大人たちはざわめき始める。
「嘘だろ?」
「あのゲンさんが? 死んじゃうって?」
「凪ちゃんがこんなことを言うなんて……」
 ────私、何かいけないこと言っちゃったかな。
 疑問を抱き、不安げな表情を浮かべながらそばにいた父親を見上げる。

 翌日、父親と共に昼餉の準備を進める。張り切りすぎて二人で消化することが難しい量となってしまう。“大好きなおじさん”におかずをお裾分けすることを決め、親子で隣の家へ赴く。屋外から何度も声をかけるが返答は無い。そばにいた父親の表情が険しくなる。彼は引き戸へ手をかける。鍵はかけられていない。次第に焦りの色を浮かべ屋内へと進む。凪は父親の後を追うように亀浦家へお邪魔する。
 リビングの入口で父親は硬直する。凪は恐る恐る一室を覗き込む。太い縄で首を括り、まるでてるてる坊主のように天井から吊り下がる亀浦がいた。
 葬儀はその日のうちにとり行われた。父親が棺に火を燈す瞬間は今でも、、、凪の脳裏に焼き付いている。
 亀浦が亡くなって以降、不思議な声は不幸の火種となる内容を無差別に凪へ供給する。突然の死。不慮の事故。火事。魔物によって作物を食い荒らされるなど。
 また、亀浦を助ける方法は無かったのかと大人たちは幼い凪を責める。試しに救出方法について尋ねてみるが、言魂からの返答は無い。凪自身も悲しませてしまったヒトがいる事実を受け止めきれず、声に対して恐怖を抱くにようになる。
 集落では先行きが不安になる未来予測が目立つようになる。凪のそばにいれば悪い出来事が起こると、疫病神のように扱われる。集落のヒトは一人、また一人と離れていく。気がつけば長と凪だけになっていた。
「聞きたくない。もうこんなのに頼らない!」
 拒絶するように耳を塞ぐ。始めは雑音にしか聞こえなかったが、歳を重ねるごとに不快感を感じることは無くなっていく。集落に存在するもの、そして簡易な魔法を通して静かに父親と暮らす。

 ────……でも、あの日だけは、、、、、、頼らざるを得なかった。あの日だけは声の通りに施した、、、、、、、、。声を使ったことに対して後悔は無かった。使わなかったらあのヒトは助からなかったからだ。