Dear 01 怪盗の子

   五、

 外は扉が開けぬほどの猛吹雪だ。政府から発信された気象データによれば小一時間ほどで強風はおさまると情報を得る。その間、朝日と努は早送りで映像データを確認していた。最近営業を始めたとされる洋菓子店に備え付けられたカメラ。雪により若干視界はボヤけていたが、路上で小柄なヒトが倒れ、暫くしたら若い女性とガタイの良い男性二人により暴力を加えられながら連れ去られていた。
 朝日は通信端末を操作する。二度のコール音の後、若い男性が応答する。
「はい、鷹司です」
「お疲れー。俺だぞ」
「……あるじ流行はやりの詐欺の手口みたいですので止めていただけますか」
 電話越しの青年────加賀美税かがみちからは丁寧に注意しながら筆記具を取り出す。主の要求に応じるためメモを取る。
「今からデータと事件の詳細を送る。ヨッシーと解析と関連資料の調査を頼んだぞ」
「期限は?」
「なる早で。データの一部を見たけど、二刻ほど前に怪しい動きがあった」
 ────拉致と考えて良いか。
 通話を切る。朝日は被害に遭ったヒトを早く見つけなければならない、、、、、、、、、、、、、と感じていた。
「なんか落ち着いてねーな、朝日」
 煙草をふかし、吐き出す紫煙を見つめながら努は言う。腕を組む朝日の右手の先は反対の腕を何度もポンポンと叩く。
「嫌な予感がするんだぞ」
「マジかよ。お前の嫌な予感って本当にヤベェことばっかだしな」
 努は先日起こった死体遺棄事件の現場を思い出す。あの時も朝日の口から嫌な予感がすると呟いていた。予想は的中。現場を見た努は失神しそうになった。
 お気に入りの煙草が不味く感じる。苦虫を噛んだかのように表情を歪ませ、火種を携帯灰皿にグリグリと押しつける。
 雪風は落ち着き始めている。沢井よりあと二十分ほどで一旦止むと情報を得る。役所の扉は風に煽られること無く開く。外は徒歩で移動する分には問題が無い様子だ。
 荷物の最終チェックをする。商人から追加購入した傷薬と一口ゼリーを鞄の中へ入れる。酪農で有名なトショウの町のミルクをふんだんに使ったホットココアを口にすると次第に体が温まっていく。沢井の送迎の言葉を聞きながら二人は屋外へ出た。

「ひぃいい、さみぃ……」
 何も守るモノが無い顔面が一番寒い。努のことを気にすること無くどんどん先へ進む“隊長”の後を追う。
 行き先はフェレアよりもさらに西側へ進んだ漁港の町────ルフ。除雪の重機が通り過ぎた道を歩き続ける間に雪は止む。
 除雪されていない雪の層からガサガサと音がする。努は音に近づけば何かが飛び出してくる。暗い夜道の中、その生き物は赤い瞳を怪しく光らせる。雪原で発生する魔物、雪狼セレウルフが三頭。白い毛並みを逆立て、うなり声をあげながら努へ威嚇する。
「ウォーミングアップだな!」
「……ったく、体力は温存しておくんだぞ」
「わかってるぜ!」
 体を動かすことが好きな二人は魔物退治に向けて武具を取り出す。雪道で足を滑らせないように気を付けながら地面を蹴る。
 先制は努。ベルトループに取り付けた手投げ式の道具の一つ────ブーメランを片手に体を捻らせ敵に向かって飛ばす。彼の特注で刀の刃と同様の切れ味を持つそれは飛びかかってくる雪狼の喉元を斬り裂く。朝日はうめき声をあげる雪狼の背後を取り、後頭部へ目がけて拳の甲と足技を打ち付ける。一頭は赤、残り二頭は黄色の光の塵となり消えていった。
「俺っちに任せれば楽勝だぜ」
「んじゃ、山のヌシとか大物が現れたら宜しく頼むぞ」
「────……前衛がい・て・だ! ん、朝日、血出てねーか?」
 手甲を外すと甲に裂傷があった。武具にも刃物により斬り付けられた跡が残っている。切り傷が新しいため、先ほどの戦闘のものと想定されるが、本人はいつ傷が付いたのか全く思い出せなかった。怪我をしたと意識を向ければ少しずつ痛みが増してくる。
「ここでバテても困るからな……ちょっと待ってろ」
 努は“光の言魂”を集めていく。ブツブツと天地創造の言葉を並べる。紡ぎ終えれば切り傷が塞がっていく。
「……サンキュ」
「あんま嬉しそうじゃねーな」
「こんなの唾つけときゃ治るんだぞ」
「細菌入って化膿したらどうすんだよ。俺っちの回復魔法は折り紙付きだぜ」
 自慢げに上腕二頭筋を膨らませ、たくましそうに見せつける。しかし、治療された本人は「はいはい」と、冷たい返事を返し、早足でルフへ向かう道を進んでいく。
「おーい、置いていくなよー朝日!」
 駆け足で相方の後を追いかける。

 さるの刻。激しい波音だけが聞こえてくるルフはどこか不気味であると努は感じる。二人はまず乗船場へと向かう。
 努は真冬の海風で顔を凍り付かせる。吸い込む空気が氷のように冷たい。ホットココアの効果も切れ始めてジリジリとスタミナが削られていく。
 一方、朝日は表情を変えることは無く乗船場まで向かう。
 管理棟へ到着する。中にはまだヒトがいる。朝日はインターホンを押した。引き戸式の扉が開かれる。無精髭を生やした五十代ほどの男性が外を覗かせる。
 二人の容姿を確認した男性は「お待ちしておりました」と、ひと言言いながら管理棟の中へ通す。暖炉の火で二人の体は温まっていく。案内されたソファーに努は遠慮無く豪快に座る。その隣に朝日はそっと座り周囲を見渡す。
 無精髭の男性────加藤が写る写真が並べられている。一緒に写るのは漁港仲間だと想定する。船の上での集合写真。若い女性と汁物を召す様子。どれも笑顔が絶えないものばかりだ。
「宿は探しましたかね?」
 加藤は二つの湯飲みを木製のトレーに乗せて現れる。それを二人の前にそっと置いた。緑茶の湯気が立ち上る。
「いいえ。まだ、ここに着いたばかりでして」
 フランクさは抜け、外向けの話し方で加藤の問いに応じる。
「良ければこの管理棟をご利用ください。空き部屋はいくつかありますので。それに……ここの所、不漁でして町の財源が少なくなってきているのです。宿も普段と比べて宿泊料が高めなんですよ」
「そうなんですか。では厚意に甘えて利用させていただきます」
「いえいえ、風導士様のお陰でこの町も一時期、、、は賑わったものです。ただ……」
 加藤は言いかけて口を噤む。朝日と努は一度顔を見合わせ、加藤に話の続きを催促する。
「二年前から町の崖の上で孤児院の運営が始まりました。そこの子供たちがよく漁港まで遊びに来たものです。……ですが、先月の中旬頃から誰も来なくなってしまったのです」
 朝日は先月の中旬という言葉が脳裏で引っかかる。それは警兵から共有された三名の行方不明者のうち二人はルフ出身で、ひと月ほど前にあたる十二月二十四日二十四度目の趨走の月に政府へ捜索願が入ったのだ。
「ここんところの船の出入りはどんな感じだ?」
 遠慮も無く努が問うと、加藤は立ち上がり几帳面に並べられたファイルの中で一つ取り出す。それを二人の前に広げる。出航記録に関する内容がこと細かく記されていた。捜索願の連絡が入った日時の記録を確認する。十二月二十五日二十五度目の趨走の月に三隻。一月四日と五日四度目と五度目の睦びの月は十隻以上の記録がある。
「四日前からベル・ウェーブが発生しましたので暫くルフからの出航も他国からの取引も無いところです」
「朝日……ベルなんちゃらって?」
「ルフ海峡で巨大な渦潮が発生することだぞ」
「お、風間様。よくご存じで」
 加藤は続ける。この渦潮は強く、いくら船内に強化を施しても飲まれれば確実に沈んでしまう。界隈は自然界で生まれた“海の魔物”とも呼ばれている。発生している間は漁業は中止、ビリアン帝国との交易も中止となる。
「何か怪しげな取引があるとしたらベル・ウェーブが消滅した後ということになりますね。いつ頃か予測は立っていますか?」
「私の経験ですと早ければ明後日には元に戻ります」
 つまり、明日中に証拠を押さえ、拉致されたヒトの居場所を突き止めなければならないということだ。
 どうか、それまで無事でいてほしい。二人は心の中で願うのであった。