Dear 01 怪盗の子

   七、

 女は指を鳴らす。紫色の光を帯びた黒色の枷が物陰から現れる。女の周りに集合する。その数は四つ。留め具はギザギザした鋭利なもので犬の歯を連想させる。女は加えて指を鳴らす。それを合図に枷は凪に近づいていく。蛇のように蛇行し、凪を囲うようにぐるぐると回る。
ザックァバティド捕らえろ
 それぞれ手足と手首に目がけて一斉に飛びかかる。縄と手錠を噛み千切る。留め具の一部が凪の肌に食い込み血が滲む。目隠しされたままの彼女は新たな拘束具を装着していると認識するがそれが何かまで判断はつかない。だが、天地創造の言葉が紡がれたのもあり、何かしらの魔法か魔術か魔道か呪術が働いていることには間違いは無い。
 彼女は恐怖心を抱きながら試しに空気中の“闇の言魂”を集めてみる。しかし、衰弱しきった体の方が対応できなかった。初歩の目眩ましの術も使用できないほど枷は凪の体内や集めた言魂を削り取っていた。また彼女が集めた、、、、、、“闇の言魂”は枷にとって絶好の餌だった。拘束の力が増す。血の巡りが悪くなるほど肌に食い込んでいく。
 無理矢理立たされ、首輪の鎖を引かれた方向へ進む。前方が見えない恐怖心を抱きながらよろり、よろりと前に進む。男たちはわざと足場の悪い場所を選び歩かせる。小さな段差に躓いて転ぶ度に「前に歩け」と罵声を浴びせながら凪を蹴ったり頭を踏んづける。抵抗もせず何度も立ち上がり、また一歩前進する。
 突如、凪の背後に大柄の男が立ち、背中を強く蹴る。蹌踉けた先はヒトが一人納められる大きさの木製の箱だ。箱の壁に強打する。壁伝いにずるずると倒れ込む。ようやく目隠しを外されるが蓋を閉められ閉じ込められる。光一つ通さない密閉空間に怯える。
 箱の外はヒトで囲み、梱包されたモノ、、に対して愉快な笑い声と罵声を浴びせていく。箱を蹴り上げ、金属の棒やバットで何度も何度も何度も何度も殴る。音と振動で恐怖心を掻き立てられる。丸裸にされた体と無造作に切られた髪のせいか寒さが染みる。
 男たちを中心に、木箱を持ち上げる。時々、かけ声を合わせて木箱を転がしたり、わざと地に落とす。持ち上げて落とすを繰り返す中、箱の外装は少しずつ破損していく。落とされる反動によって凪は額、後頭部、背中を強打する。頬に何かが伝う。鉄の香りが鼻につく。
 ある場所に辿り着く。男たちは木箱の蓋を取る。鎖を引いて凪を引きずり出す。額から血が出ている。きたねぇと暴言を吐きながら彼女の体を持ち上げ、ある場所へ下ろす。
「ああああああっ!」
 傷口が染みて叫ぶ。熱い。痛い。染みる。辛い。
 四十五度の水面は少しずつ泥と血で染まる。
 有無も言わさず、凪を風呂桶から出す。ガーデニング用のホースの先を凪の額に向け、ノズルが外れてしまうギリギリのところまで蛇口を捻る。冬の空気にさらされた冷水が飛び出す。目も開けていられない。息も吸えずに苦しむ。痛みと冷水から逃れたくてもがく体だが、五人の男に両手両足を取り押さえられる。
 背後からグチュリと汚らしい音が立つ。一人の男は無色透明のジェルを手に乗せ、両手のひらを合わせて擦る。男の手の内側は泡立っていく。凪の体に塗りつける。白い泡は真っ黒に染まっていく。泡の正体は石鹸だ。傷口に擦り込み、とにかく染みて痛くて泣き叫べぶが暴力により黙らせる。
 再び冷水をかけられる。泡立てた石鹸を塗りつける。その行程を繰り返す。
 泡は汚れなくなっていく。綺麗になったことを確認した男たちは水でふやけた手で凪の体を触り始める。胸と尻を揉み、乳首を摘まみ、ライターで残った髪と陰毛の先に火をつける。性的興奮を覚えた一人の男は下半身を晒し、半開きの口に近づける。
「舐めろ」
 目前の男に何を求められているのかを理解した凪は、弱々しくも首を左右に振る。熱を帯びた男根がやや紫色になった唇へ触れる。別の男が上下の唇を掴んで広げる。微かにできた隙間からねじ込んでいく。喉の奥まで差し込んで抽挿を繰り返す。息は苦しくて、体は痛くて、思考回路は働かない。
 男根が震え、脈を打つ。先端から粘り気のあるものが吐き出される。口の隙間からボタボタと白濁が零れ落ちる。噎せながらも白くなった舌先で裏筋を舐める。苦くて不味い。臭くて汚い。そのような感情を抱いても抵抗すること無く従順に行為を受け入れる。

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 そこは運送業の中継地として利用される物流倉庫だ。防犯用に備え付けられた明かりは点っている。警備員が見当たらないが、孤児院とは違いヒトの気配があると二人は感じる。
 ピピピッ、ピピピッ。
 努が所持する通信機からコール音が鳴り、持ち主は応答する。
「努、元気?」
 その声を聞いて口をへの字に歪ませる。
「何だよ葉山はやま。隊長の方に連絡すりゃーいいのによ」
「努の方が出るの早いからこっちにかけてんのよ」
 着信の主──葉山芳実よしみと、彼女の隣に座る税はそれぞれ別のモニターから解析を進めていた。芳実は音声をスピーカーモードへ切り替えるように指示する。
「ヨッシーごくろうさん」
「あら朝日。後でキッチリ請求するからね」
「特別手当付けておくから安心するんだぞ。……てことは、何か掴めたってことだな」
 芳実は肯定する。机上の四台のモニターには倉庫の図面と行方不明者の情報、帝国側の船の情報、ルフの役所に保存されていた解凍済みのデータベースだ。
「まず、この倉庫。物流用と言われているけど正当に使われているのは三分の一くらいよ。残りは真っ黒。地図では表示されていない、、、、、、、、、、、、倉庫もあるわ」
 朝日の通信機に新着メッセージが一件表示される。二件のファイルが添付されている。一つは“解析済み”と記された地図データ。もう一つは直近三ヶ月間の物流で怪しげな、、、、やりとりをしていると税と芳実が判断し、リストアップしたものだ。努もデータの中身を確認する。
「全部豚肉じゃねーか?」
「……生物学的に豚はヒト似ているところがたくさんあるらしいぞ。それになぞっているんじゃねーか」
「そういうもんか?」
 芳実は話を続ける。
「もしかするとお肉、、以外のマズいモノも隠してる可能性があるわね。それと、この倉庫、管理者が緑川みどりかわ庄司しょうじなんだけど、そいつの顔写真と貴方あなたたちが潜入した孤児院の管理者──芹沢まさるの顔写真を被せると……ビンゴ」
 ルフの役所からハッキングして入手した二つの顔写真の目元、輪郭、鼻の高さなどが一致する。
「本名は芹沢の方よ。言魂計測器には引っかからないということは特殊メイクを施しているか。あるいは相当な術士が“変装パッチ”を作成しているかだね」
 税が芳実に続く。
「船の情報についてですが、芹沢は十二月二十五日二十五度目の趨走の月帝都ソフィアへ向かっております。一月睦びの月に入ってからも五日五度目の日に同じルートで向かっておりました」
「行方不明になったのが確か……大塚桂おおつかかつらと、林原絢子はやしばらあやこの二人が十二月二十四日二十四度目の趨走の月河本奏こうもとかなで一月四日四度目の睦びの月だったよな」
「芹沢が乗った船で運ばれていったってのが濃厚だぞ」
 行方不明者の三人は帝国側で体を使い、何かをされているか。もしくは既に生きていない可能性が高いと想定する。朝日は他に失踪者がいないのか税に確認すると、彼はその三人だけであると答えた。
 四人目の被害者を出さねーように助けねーと」
「その四人目についてなんだけど、解析依頼された映像よりももっとハッキリ映る映像を掴めたのよ。……だけどね」
 再び朝日の端末に新着メッセージが届く。データが重いため、芳実は別のメッセージで発信した。
 映像データが添付されている。再生を押すと表情を確認することができるほど鮮明な映像であった。鴻池組幹部としてピックアップされているコアントローという女性。鴻池組の関係者と思わしき大柄な男性が二人。そして三人に囲まれる身なりがボロボロの女性が映っていた。
 ────え……。
 朝日は映像を見て凍り付く。表情はみるみると青ざめていく。今までに無い反応を見せる親友に努は心配するが、声を掛けても返答は無い。
 朝日は記憶を掘り起こす。別人か。別人であってほしい。そのように願うが見間違える筈が無かった。
 本人なのだ。五年も捜していた、、、、、、、、あの女性だった。
「捕まった女の子、ホームレスなのかな。政府の台帳に記録が全く無いのよね。本当にそうなのかなーって思って試しに顔認証したんだけど……信じられないんだけどさぁ……」
 芳実は一呼吸置いて再度走らせた認証システムを確認する。解析結果は通話前のものと同様であった。
「ヒットしたのが“怪盗コガラシ”なのよ」