Dear 01 怪盗の子

   四、

 朝日と努はビリアン製の“くるま”に乗り込み、まだ一部の者しか利用できない“地下の道路”を進んでいた。
 三年ほど前より地上は列車、地下は道路と大規模な予算を掲げて交通整備が進められていた。未だに未開通の地域も存在するが、今回の調査先は先週末に繋がったばかりの街だった。
 北西側に俥を進めて約二十分。地上へ出るためのゲートをくぐり黄金色の坂道を上る。上りきった先の壁側に『ようこそフェレアへ』と書かれた木製の看板が掲示されている。
 真新しい駐車スペースが広がっている。政府のロゴが印字された駐車スペースへ俥を停め、二人は下車する。運転席から降りた努はふーっと、大きく息を吐く。それは白い煙となり空中へと消えていく。
「運転ありがとな」
 後部座席から降りた朝日は労いの声をかける。左頬には彼の肌の色に合ったタトゥー隠し用のシールを貼り付けていた。
「朝日もそろそろ免許取れよ」
「俺の運転で乗りたいと思うか?」
「……俺っちはまだまだ死にたくねーな」
 努はガハハハと豪快な笑い声をあげながらロビーラウンジへ向かう昇降機のスイッチを入れる。地下一階を示すランプが点灯する。昇降機の扉が開かれ一階まで昇る。
 朝日は建物内をぐるりと見渡す。ログハウスのような内装で色合いがとても暖かそうだ。暖房が良く効いており、二人はジャケットを脱ぐ。
 ここはフェレアの役所やくしょ。行政事務を行う施設で町の情報や要望が集中し、国からの要請が最速で伝えられる場所だ。また、風導士と呼ばれる者達の拠点代わりでもある。宿泊用の部屋は格安で利用でき、掲示板には魔物の討伐や物資の収集などの依頼書が隙間無く貼り付けられている。
 商い処あきないどころと呼ばれるスペースでは国と契約済みの法人や町のヒトが風導士に向けて商売を行うことがある。商売を行うヒトは商人、鍛冶屋、錬金術師だ。
 商人が訪れていれば武器、防具、料理の材料、アイテムの購入が可能だ。不要なアイテムを売ることもできる。同じ種類のアイテムでも国や地域によって値段が変動するものがある。例を挙げれば金と銀だ。どちらも物質価値として同一とされている、、、、、、、、が国ごとで出回るものが異なる。ソルトニア王国では金がよく採れ、銀は少量しか採れないので銀が高値で取引される。一方、ビリアン帝国は銀がよく採れ、金は少量しか採れないので金が高値で取引されるのだ。
 鍛冶屋が訪れていれば武器、防具、装飾品の鍛造たんぞうが可能だ。鍛造には材料が必要となる。鍛冶屋のヒトは鍛造できるモノが限られ、また得意不得意がある。不得意な武器などは材料が倍必要であったり、鍛造費用が高額になる傾向がある。
 錬金術師が訪れていれば特殊な、、、材料やアイテムの生成が可能だ。
 二人は商い処を覗くと白い髭を生やした商人が風呂敷を広げて戦闘向けの装備を展開していた。
「あ、やべぇ、指輪忘れた」
「おいおい、また忘れたんだぞ?」
 これでいくつ目か。努は汎用性のあるアイアンリングを二つ購入する。その内の一方を朝日に手渡した。
「俺っちのお賃金で買ったリングだぜ! お揃いだな朝日?」
「男から貰っても嬉しくないんだぞ」
 渋々と受け取った鉄製のリングを右手中指に通す。商人曰く物理的な防御力を高めることに期待ができるようだ。鉄を薄く伸ばして加工しただけのそれは既に身につけている他の装飾品と喧嘩しづらいデザインだ。
 努は左手の薬指に通す。その腕を高々と上げる。手のひらを大きく広げて太い手首を捻り返す。照明の光で輝くリングを見てにやにやする。
「彼女に指輪を渡したらこんな感じか」
「童貞が喚いてるぞ」
 口を尖らせながら何度も「うるせぇ」と言い返す努を無視し、朝日は受付へと向かった。
 受付嬢は二人に気がつき、モニターから目を離す。清潔そうなネイビーカラーの制服を着た二十代半ばの女性だ。行政事務員を証明する鳩型の金ブローチを左胸に着けている。
 二人は金色のネームタグを取り出す。受付棚の上にそれを乗せ、二人の社会的身分を把握した女性は一礼する。
「寒い中、弊支部までご足労いただき誠に有り難う御座います」
「お姉ちゃん、そんな畏まらなくていいぞ」

 この辺りに住んでるのか。綺麗な手しているんだぞ。黒子ホクロがキュートだぞ。お、そのネイル可愛いな。お姉ちゃん、お名前は?
 朝日は沢井と名乗る女性と和気藹々と話す。あっという間に個人的な連絡先の交換まで進める。 「……朝日、お前よくそんな恥ずかしいこと平気で言えるな?」
「ん? 普通じゃね?」
「んなわけねーだろ!」
 ────そのあと、連絡取り合うかは別の話だがな……。
 努は最近の朝日の行動パターンを思い浮かべ、呆れながら大きなため息をつく。数年前までは出会う度に新しい女性とつるんでいた親友だが、ここ数年、彼女らしいヒトを努に紹介してこなかった。“副業”目線からでも女気が無くなった、、、、、、、、と薄々と感じていた。
 ────突如、軟派な雰囲気が一変する。その表情から笑顔が消える。気持ちの切り替えが早すぎて親友でも追いついて行けないことがある。
「ここ周辺の失踪者の情報、帝国側からの入国情報、船の情報、倉庫の情報、防犯用カメラの確認権、乗船場の管理者との面会希望、それから言魂フィオン計測器の位置と数値確認の権限が欲しいんだぞ」
 朝日の要求に応じるために沢井は二人のネームタグを特殊なトレーの上に乗せる。モニターの操作と共にタグに内蔵された情報を読み取っていく。政府に蓄積される個人情報と紐付けられる。
 第二課一部隊、三等隊員、神樂努。
 第二課一部隊、隊長、風間かざま朝日。
 また、朝日に対し政府機密レベルの情報まで特例開示する旨が特記されている。沢井はこのチャラチャラした男は何者なのかと疑問を抱きながら手続きを進めていった。